SAICM(国際化学物質管理への戦略的アプローチ)国内実施計画についての自治体および市民意識調査報告

2020年5月29日

有害化学物質削減ネットワーク
寺田良一

1. はじめに

日本でPRTR(汚染物質排出移動登録)データが初めて公開されたのは、2003年3月である。執筆時点の今年(2018年3月)は、ちょうど15年目にあたる。現在の排出量は、当初の排出量に比べると3分の2程度に削減されている。「有害化学物質削減ネットワーク」(Tウォッチ)は、その前年の2002年に設立され、PRTRデータの市民への提供によって、化学物質リスクの低減を進める活動を続けてきたが、同じく2002年にヨハネスブルグで開催された国連の「持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)」が開催され、「2020年までに化学物質のリスクを最小化する」という、いわゆる「2020年目標」が提起された。それに基づき、2006年には、「国際化学物質管理に関する戦略的アプローチ(SAICM: Strategic Approach to International Chemical Management)」が提起され、各国は、それに向けた「国内行動計画」を整備することとなった。

PRTR制度の導入以後、工場や事業所からの有害化学物質の排出量は半分程度になり、移動量(産業廃棄物など)と合わせても、3割程度の減少となっているが、有害化学物質のリスクが緩和されたとは言い難い状況も顕在化している。また、2011年3月11日の東日本大震災や2016年4月14日、16日の熊本地震などの地震・津波対策、度重なる集中豪雨や大型台風の来襲などへの災害対策が、焦眉の課題となってきた。その防災対策の一環として、PRTR届け出事業所などの有害化学物質対策にも、関心が寄せられるようになってきた。

一方、有害化学物質の健康被害やそれに対する市民の懸念にも、変化が生じている。第1に、近年、合成洗剤や柔軟剤が、強い人工的な「香り」をつけることで消費者にアピールしようとする傾向が強まり、それに対するアレルギーや化学物質過敏症が発症するなどの被害が顕在化するようになった。それにより、「香害」という呼び方が一般化し、国民生活センターの相談窓口や日本消費者連盟の「香害110番」にも消費者や被害者から多くの苦情や相談が寄せられるようになった。

このような状況を背景として、Tウォッチでは、PRTR制度の活用や防災対策としての有害化学物質対策を視野に入れて、全国自治体の2020年目標に向けたSAICM実施計画についてのアンケート調査を2017年に、有害化学物質リスクやPRTR制度の認知、家庭内の有害化学物質含有製品、有害化学物質の表示方法等についてのアンケート調査を2018年に、それぞれ地球環境基金の助成を得て行った。

自治体対象の調査は、2017年9月から11月にかけて、自計式質問紙を用いて郵送調査で行った。都道府県(47自治体)、政令市(20自治体)、PRTR届け出自治体(45自治体)のPRTR担当部局に質問紙を送付し、都道府県(41自治体、回収率87.2%、以下同じ)、政令市(17自治体、87.0%)、PRTR届け出自治体(30自治体、66.7%)から回答が得られた。全体の回収率は、78.6%となった。

PRTR届け出自治体は、都道府県の事務権限の一部が移譲された地方中核市などで、PRTR届け出事務を担当している市である。しかし、大阪府下では、大阪府の方針で、かなり小規模の市町村にまでPRTR届け出事務が移管されている。そのため、回答のあった30のPRTR届け出自治体のうち10自治体が大阪府下の自治体となっている。したがって、全国のPRTR届け出自治体の平均的な回答というよりも、大阪府の条例などが多分に反映された大阪府下のPRTR届け出自治体の回答傾向が、より強く反映される結果となっていることに留意して、結果を見ていくことが必要になる。

市民を対象とした意識調査は、2018年11月から12月にかけて実施し、自計式質問紙を「全国石けん運動ネットワーク」に所属するグリーンコープ生協、生活クラブ生協、パル・システム生協、アイコープみやぎ生協等に配布を委託し、郵送で回収した。配布総数は2000票、回収数は1257票で、回収率は62.9%である。

調査の集計結果を読む上での注意点としては、回答者が厳密にいえば無作為抽出で選ばれたサンプル(標本)ではないことである。配布方法は、依頼した生協ごとに同じではなく、また次節で述べるように、地域的配分も人口数に必ずしも比例していないので、生協の組合員一般の意見を厳密に反映したものとはいえない。また、生協の組合員を対象としているので、当然ながら、一般市民より環境問題や有害化学物質問題にはより関心を寄せていることが多いと思われる。そのような偏りがあることは留保しなければならないが、結果を見る限り、一般市民の意識の傾向とさほどかけ離れていないと思われる。

以下、まず自治体調査から、原則として質問順に結果の概要を述べていきたい。

2. 環境基本計画には有害化学物質への取組みが盛り込まれる

図1-1. 環境基本計画に化学物質未然防止取組み対策が含まれているか

図1-1は、「自治体の環境基本計画に、化学物質による環境汚染の未然防止に関する取組みは含まれているか」を聞いた結果である。全体として8割近くの自治体で、環境基本計画の中に有害化学物質対策が盛り込まれている。相対的に小規模の自治体からなる「PRTR届け出自治体」では、約7割と少し少なくはなるが、多くの自治体で、少なくとも正式な取り組み課題として、有害化学物質問題が位置づけられているといえる。しかしながら、順に見ていくように、PRTRデータの公表の仕方やリスク・コミュニケーションの実施・未実施などの差にみられるように、有害化学物質対策の温度差はかなりある。四大工業地帯などを抱えた自治体、とりわけ政令指定都市と、PRTR届け出事業所なども比較的少ない農村的なそれらとの間には、当然ながら有害化学物質対策に対する切迫感の差があることが想像できる。

図1-2. 化学物質住民アンケート調査実施

図1-2は、化学物質問題に関して住民を対象とした意識調査を実施したことがあるかを聞いた結果であるが、全体の8割は未実施である。比較的実施率の高いのは、全体の3分の1程度が住民へのアンケート調査を実施している政令市である。政令市の23.5%は、最近5年以内にそれを実施したと回答している。逆に、比較的小規模な自治体の多い「届け出自治体」では、これまでに実施したことがある自治体は1割にとどまっている。

3. 議会での多い質問は、大気汚染、廃棄物、放射能、ダイオキシンなど

図1-3. 議会で取り上げられた環境問題

図1-3は、これまでに自治体の議会で質問があり、取り上げられた環境問題の内容を聞いた結果である。全体として、多い順に、「大気汚染」(73.9%)、「廃棄物問題」(70.5%)、「放射能汚染」(61.4%)、「ダイオキシン」(60.2%)、「土壌・地下水汚染」(60.2%)などが上位を占めている。それらに続いて、「水質汚濁」(58.0%)、「悪臭問題(香りの害)」(46.6%)、「シックハウス、化学物質過敏症問題」(38.6%)、「農薬問題」(38.6%)、「合成洗剤」(28.4%)など、やはり有害化学物質が関係する環境問題がかなりの割合を占めており、環境問題の中での有害化学物質問題の重要性が再確認できる。

自治体の類型別にみると、「大気汚染」、「水質汚濁」、「放射能汚染」など一般的、広域的な問題については、都道府県の割合が大きいが、「ダイオキシン」(76.5%)、「シックハウス、化学物質過敏症問題」(76.5%)、「合成洗剤」(70.6%)、「農薬問題」(64.7%)、「悪臭問題(香りの害)」(58.8%)など、有害化学物質に起因する健康被害やリスクに関する諸問題においては、人口密度の高い政令市に突出して高い状況がみてとれる。これらは、PRTRデータの中でも、事業所からの届け出データよりむしろ、届け出外のデータ、家庭の中での曝露に関係する有害化学物質の比重が高く、リスク削減対策が比較的遅れている分野ともいえよう。

4. PRTRデータの提供の仕方は控えめだが、環境行政に広く活用されている

図1-4. PRTR情報提供の仕方

図1-4は、自治体類型別にみたPRTR情報の提供の仕方である。都道府県の9割、政令市は全部が、ホームページなどで市民にPRTR情報を提供していることがわかる。届け出自治体については、独自に情報提供をしている自治体は4割弱にとどまっている。

都道府県は、情報提供をしているのは9割だが、54.8%は事業所からの届け出情報と、届け出外双方の情報を提供している。それに対して政令市は、届け出、届け出外双方の情報を提供している自治体は23.5%にとどまっている。それらの情報に加えて、さらに自治体独自の問題点などを提供している自治体は、全体で2.3%しかない。政令市においては、5.9%と若干多い。これらから、自治体が住民に対してPRTR情報を用いて、自治体が具体的に抱えている有害化学物質リスクの削減を訴えようとする姿勢はあまりうかがえない。

図1-5. PRTR情報の活用方法(の検討)

しかしながら、図1-5に、行政内部でのPRTRデータの活用についてみると、かなり広く、積極的に利用されている事実も示されている。具体的には、複数回答で、「汚染事件等の原因究明調査にPRTRデータを活用できないか検討した」(29.5%)、「環境モニタリング計画の立案にPRTRデータを活用できないか検討した」(28.4%)、「水質汚濁防止法の事故時対応や汚染予防対策をはかる時に活用できないか検討した」(25.0%)、「大気汚染防止法のHC、VOC削減のための基礎データとして活用できないか検討した」(19.3%)、「既存のほかのデータ(大気、水質の常時監視測定値、製品出荷額、自動車走行量、農地面積など)とつきあわせて検討をおこなった」(17.0%)、「大量に排出・移動している特定の物質について、原因を探るなど検討した」(13.6%)、「個別事業所からの排出・移動量を臭気などの苦情の対応に活用できないか検討した」(12.5%)などがあげられている。とりわけ、都道府県、政令市という、規模の大きな自治体でより顕著である。

そもそも、世界で初めて、1974年に始まったオランダのPRTR制度は、行政が事業所の排出データを収集して、大量排出源の把握や排出削減を促進するための行政による環境管理の手段としての利用をめざしたものであった。日本においても、これらの結果を見ると、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、土壌汚染対策法などの既存の公害対策法や、有害化学物質漏出事件などの原因究明、個別事業所に対する苦情処理の手段などとして、PRTRデータが広く活用されたり、その検討がされたりしていることがよくわかる。

半面、市民一般に有害化学物質の排出・移動データを広く伝え、リスク・コミュニケーションなど市民参画を通じてリスク削減を図るという、PRTR制度のもう1つの側面は、十分認識や活用がなされていないように思われる。

5.事業所や他自治体との意見交換はあるが、少ない地域社会とのコミュニケーション

図1-6. PRTRのデータ説明会、意見交換の場を持ったことがあるか

図1-6は、地域においてどのような団体とPRTRのデータについての説明会や意見交換の場を持ったことがあるかを聞いた結果である。次項のリスク・コミュニケーションも同様だが、PRTRデータに関して自治体が地域社会一般とのコミュニケーションの機会を設けることは少ないことがわかる。相対的に多いのは、「排出・移動量の多い事業所等」との接触(27.3%)であり、政令市では半数近くがこれを行っている。しかしこれらは、実際には、行政指導的な意味合いが強いように思われる。また、次いで多いのが、「他の自治体」(17.0%)との意見交換等であるが、これも行政内部のことである。対地域社会のコミュニケーションとしては、「町内会・自治会」が多少あるものの、環境団体や消費者団体とのPRTR情報を介したコミュニケーションは、ほとんどないのが現状である。

図1-7. リスク・コミュニケーションの機会を設けたか

PRTR制度の1つの目的は、行政、事業者、地域住民やNPOなどの間のリスク・コミュニケーションを通じて、有害化学物質に関するリテラシーを向上させ、リスク削減へと導くことである。その意味でも、それらの三者を巻き込んだリスク・コミュニケーションの機会をなるべく多く設定することが求められるわけであるが、図1-7に示されるように、現状は所期の目的を果たしているとはいえない。

全体として、リスク・コミュニケーションを実施している、または過去に実施したことのある自治体は、4分の1程度である。都道府県で見れば、定期的に実施している自治体が9.8%、何度か実施しているところが12.2%、過去に実施したが現在はしていないところが14.6%と、4割弱が何らかの形で実施している(いた)が、いまだ少数派にとどまっている。政令市も、実施実績のある自治体は2割強であり、それ以外に実施を検討している自治体が3割以上あるものの、後述するように、人員や予算の制約もあってか、実施に至っていない。

図1-8. リスク・コミュニケーションの機会を作る困難

図1-8には、そうしたリスク・コミュニケーションの機会を設けることがなぜ難しいのかを聞いた結果である。「人員、予算、情報の不足」が相対的に大きく、「地域や住民のニーズが小さい」(実際には、把握できていないことも含まれよう)、「開催申し入れがない」、「事業者の協力が得られない」などがそれに続く。相対的に開催意欲のある都道府県や政令市においては、「人員、予算、情報の不足」や「事業者の協力が得られない」などが理由として多くあげられ、比較的に小規模で、近辺に大規模な工業地帯などがない場合も多い届け出自治体では、「地域や住民のニーズが小さい」といった理由が相対的に多くみられる。政令市においては、「事業者がすでに地域住民と実施しているから(あえて自治体がやる必要がない)」という回答も3割ある。少数ながら、「法的に(リスク・コミュニケーションを)実施する義務がないから」という消極的な理由も見られる。あるいは、「その他」の自由回答の中に、「本来事業者が住民と行うものである」という理解も見られる。リスク・コミュニケーションの意義が十分理解されていないともいえるが、他の自由回答として、「公平中立で専門知識を有し、住民からも事業者からも信頼される学識経験者が必須」というものもあり、リスク・コミュニケーションが本来の意義を発揮するよう運営していくことが、自治体職員にとっても難しい課題であることがうかがわれる。

6. 緊急時対応計画のために望まれる取扱量/保管量の届け出、事業所の計画策定

図1-9. 条例制定や行政指導による緊急時対応計画

2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震の教訓として、あるいは近い将来予想される南海トラフ等を震源とする巨大地震や首都圏直下型地震などを想定して、有害化学物質対策を防災対策の中に組み込んでいこうとする政策志向がみられる。図1-9は、災害発生時などの緊急時対応計画として、どのような対応が、条例の制定や改正、行政指導によって行われているかを聞いた結果である。

絶対数としてはさほど大きくないが、比較的顕著なのが、「有害化学物質の取扱量あるいは保管量の届け出を義務づける」という対応である。それについて、すでに条例で進めている自治体が2割ほど見られる。とりわけ届け出自治体に多いが、これは、大阪府下の届け出自治体が数として3分の1ほどを占めているためである。すなわち、大阪府では府の条例ですでに取扱量/保管量の届け出を義務づけており、回答としてもこれらの府下の届け出自治体が「条例で対応」と回答したためである。だからといって、「取扱量/保管量の届け出」義務化が過大評価されているわけではない。アメリカなどのPRTR(TRI)制度では当初から義務づけられていた届け出項目であり、「PRTR届け出対象化学物質を年間1トン以上の取り扱い」という、届け出の根拠を明確にするためにも必要な改定である考えられる。(現状では、極端な場合、1トンを超えて取り扱っていても排出/移動量を届け出ない違法な状態であっても、それを確認することができない。)

それに次いで条例改正による対応の回答が多いのは、「事業所等の緊急時対応計画の策定」(13.8%)、「災害対策の中に有害化学物質対策を組み込むこと」(12.6%)などである。緊急時の対応計画は、アメリカのPRTR(TRI)制度でも当初から義務づけられていた届け出項目であり、今後の日本のPRTR制度の拡充においても、欠かせない改定であると思われる。行政指導による対策については、「排出量・移動量の多い事業所への指導強化」(14.9%)が相対的に多い。これは、図1-6で示した「排出量・移動量の多い事業所との意見交換」が多かったこととも符合している。

一方、事業所を対象としたこれらの対応が比較的進んでいるのに対して、「家庭で排出・移動量の多い製品に関する啓発」は、条例改正が0.0%、行政指導をしている自治体も5.8%にとどまっている。有害化学物質のリスク削減は、届け出事業所からの排出/移動量の削減だけでは当然不十分である。図1-3にしめしたように、議会で質問される有害化学物質問題として、合成洗剤、農薬問題、化学物質過敏症などが多いことからもわかるように、曝露頻度の大きい家庭の中の有害化学物質問題は、重要な問題である。にもかかわらず、事業所から排出される有害化学物質に対する対応に比べると、化学物質対策として正面から取り組まれることがはるかに少ない。行政のタテ割的構造から、消費者製品の安全性と環境問題としての有害化学物質問題の担当が分離していることも原因の1つだと思われるが、PRTR制度や担当者の関心が、事業所に行きがちで、地域住民や生活者といった観点からのPRTR行政のあり方の再考が求められるといえよう。

7. 政令市で進む緊急時の化学物質管理

図1-10. 緊急時の化学物質管理のための取り組み

図1-10は、前節と同じく、緊急時の対応について行政内部の取り組みを中心に聞いた結果である。一番進捗しているのが、「地域防災計画に消防法・毒劇法・高圧ガス保安法以外の化学物質による緊急時の情報をもりこんで改訂した」で、全体で28.7%の自治体がすでに取り組んでおり、政令市に限れば、47.1%と、半数近くがすでに取り組んでいる。行政内部の取り組みとしては、ついで、「危機管理部署ないし防災担当課との連携をとれるような仕組みを新設」が、全体で21.8%がすでに取り組んでいる。具体的には、事業所が取扱い/保管している化学物質の台帳を一元化し、環境部局と危機管理部署ないし防災担当課が共有できるようにすることなどである。さらに、「危機管理部署ないし防災担当課との連携の仕組みの改善」(17.2%、政令市は41.2%)、「危機管理部署ないし防災担当課にPRTR情報を提供」(8.0%)などが続く。前節でもあったように、「企業に対して化学物質の緊急時対応の計画提出をするよう指導」も、21.8%と比較的多い。

それに対して、グラフには示していないが、「地域住民に対して、化学物質による地域の緊急時の予測情報などを提供する場をつくった」(1.1%)、「学校教育や社会教育で、災害時の化学物質汚染に関する学習を支援した」(3.4%)など、地域社会や地域住民を対象にした取り組みをしている自治体は、極めて少数にとどまった。

8. ネックは、人員、予算、情報不足と、世論の無関心

図1-11. 新たな取り組みを進める際の課題や障害

図1-11は、「新たな取り組みを進める際や検討する際、課題ないし障害となるもの」を、複数回答で聞いた結果であるが、他の質問と異なり、自治体類型の差がほとんどなく、いわば異口同音に、「人員の不足」(67.8%)、「予算不足」(51.7%)、「情報不足」(36.8%)が指摘された。「世論の支持や関心の少なさ」(25.3%)がそれに続く。

われわれが、PRTRを中心に有害化学物質削減の活動をしてきたこの十数年間を振り返っても、ダイオキシンや環境ホルモン問題がマスコミを賑わしていた2000年前後に比べると、同じ環境問題の中でも、地球温暖化問題、生物多様性問題、原発事故と放射能汚染問題などへの注目度が上がる半面、有害化学物質問題への注目度は、残念ながら低下傾向にある。ここに示された新展開へのネックは、こうした環境問題への関心動向の変遷をある程度反映しているものと解釈することもできよう。しかしながら、これまでの回答からわかるように、自治体の働きかけの中で、地域社会や地域住民に対する項目が一貫して弱いことが示されている。これは、「世論の関心の低さ」を反映したものとも解釈できるが、逆に「世論の関心の喚起」を怠ってきた行政の側にも責任の一端があると解釈することもできる。

9. 事業者の自主管理推進策としてセミナー、実態把握。リスコミは低調

図1-12. 排出削減への自主的管理推進施策

有害化学物質の削減、とりわけPRTR届け出物質のようにグレーゾーンに属するものが多い化学物質の削減には、法的な規制措置はなじまないので、事業者の削減に向けた自主的管理が欠かせないものとなる。図1-12は、事業者の自主的管理を促すための自治体の取り組みを聞いた結果である。これによれば、「化学物質の法規制、動向などの情報提供や事業所向けのセミナー」が33.3%と最も多く、政令市においては、52.9%に上る。ほぼ同率で、「事業者の自主管理に関する実態把握(ヒアリング、調査など)」(32.2%)が続く。これまで見てきたように、自治体、とりわけ政令市や工業地帯を抱えた都道府県は、事業所に対する排出削減に向けた指導や意見聴取等を比較的熱心に行ってきた。ここでも、事業者向けセミナーの開催やヒアリング、優良な事例紹介や融資制度の紹介などを通じて、自主的管理の推進は比較的順調に行われていることがうかがわれる。ただし、グラフにはしていないが、「特に取り組んでいる施策はない」とする回答も41.2%あり、自治体間にかなりの温度差もある。また、前の方の質問と同様、ここでも「地域住民とのリスク・コミュニケーションの場の設定の支援・調整等」は、11.5%にとどまっている。

10. 必要な改正は、増減理由の記入、取扱量/保管量の届け出、緊急時対応

図1-13. 現行制度にどのような改正が必要か

図1-13は、PRTR情報のより有効な活用を可能にするために、化管法にもとづく現行制度にどのような改正が必要かを聞いた結果である。

改正が必要だと思われる項目の第1は、排出・移動量に増減があった場合に、その理由を届け出るようにすることであった(46.0%)。自治体の事務担当者は、顕著な増減があった場合に、事後的にその理由を確認することを求められるので、事前にそれを届け出てもらうほうが二度手間にならないこともあるが、何より、排出・移動事業所自体にとっても、増減理由をしっかり把握しておくことが、以後の排出削減にもつながると考えられよう。

第2、第3は、取扱量(33.3%)と保管量(25.3%)の届け出義務化であった。これも何度も出てきたように、すでに条例で義務化している自治体もかなりあり、防災上の必要性もあり、改正の必要性が指摘されることの多い点である。ちなみに、下の表1-1に示したが、取扱量か保管量のどちらかでよいと考える自治体よりも、両方とも届け出る方がよいと考える自治体が多い。次いで、やはり何度か出てきたが、「緊急時対応計画を事業所ごとに提出することを義務づける」(23.0%)が続いている。「都道府県経由の届出をやめ、国に直接届け出るようにする」(21.8%)なども比較的多いが、自治体の担当者が訴える人員不足が反映されているのかもしれない。しかしながら、事業者との関係形成や指導、地域社会への啓蒙等の必要性を考えると、届け出の一時的受理は、やはり地元自治体が行うことが合理的であると思われる。事業所に対する指導の便宜もあり、「自治体の立ち入り権限を盛り込む」と回答した自治体も9.2%あった。

表1-1. 「取扱量必要」と「保管量必要」の関係
保管量も届け出必要 合計
なし あり
取扱量も届け出必要 なし 52
89.7%
80.0%
6
10.3%
27.3%
58
100.0%
66.7%
あり 13
44.8%
20.0%
16
55.2%
72.7%
29
100.0%
33.3%
合計 66
74.7%
100.0%
22
25.3%
100.0%
87
100.0%
100.0%

11. 自治体調査のまとめと提言―PRTR制度の管理的機能と市民参画機能

この調査で明らかになった点を箇条書きで要約すると、以下のようになる。

  • 7-8割の自治体で、環境基本計画に化学物質による環境汚染の未然防止の取組みが含まれている。
  • 化学物質に関する住民意識調査をしているのは、2割にとどまるが、政令市では35.3%が実施している。
  • 議会で質問が出た問題としては、大気汚染、廃棄物、放射能、大気汚染などが主だが、全体に政令市で割合が大きい。
  • PRTR情報は、都道府県を中心に、汚染原因調査、モニタリング計画、大気汚染防止法、水質汚濁防止法等の基礎データとして広く活用されている。
  • PRTRデータについて、事業所と話し合いを持つ自治体は3割近くあるが、地域で「リスク・コミュニケーション」を実施している自治体は少ない。
  • その理由は、ニーズや地域からの申し出がないこと、人員、予算、情報不足である。
  • 東日本大震災の経験等を経て、PRTR事業所等の緊急時対応計画の策定、取扱量/保管量の届け出、災害対策への有害化学物質対策の組み込み等を条例改正や行政指導で進める自治体も1-2割ある。
  • 環境部局と危機管理部署/防災担当課との連携の模索が、都道府県、政令市中心に進められている。
  • 全体に、これらの取り組みをするにあたり、人員、予算、情報の不足がネックとなっている。
  • 事業者の自主的管理推進のために、実態把握、情報提供、事例紹介などはかなりなされている。
  • 現行のPRTR制度、化管法については、増減理由、取扱量/保管量、緊急時対応計画などの届け出義務化の必要性がかなり認識されている。

全体を通して、日本のPRTR制度は、自治体によりかなり格差はあるものの、大量排出源の把握や排出削減を促進するための行政による環境管理の手段として、またほかの汚染防止法などの基礎資料として、かなり有効に利用されている。一方で、地域住民らとのリスク・コミュニケーションのツールとしての活用は、いまだ不十分と言わざるを得ない状況にある。すなわち、自治体と事業者とのコミュニケーションはかなり図られているものの、PRTR制度がめざした「市民参画」による有害化学物質リスクの削減、市民や地域社会の化学物質リスク・リテラシーの向上、行政、事業者、地域住民、環境NPOなど広範なステイクホルダーの参加による地域社会の環境改善といった理念的な目標については、まだ十分理解が進んでいない。今後の課題として、東日本大震災や繰り返される豪雨、台風被害などを念頭において、PRTR事業所等の緊急時対応計画の策定、取扱量/保管量の届け出、災害対策への有害化学物質対策の組み込み等を検討する必要がある。

12. 市民対象意識調査の回答者の属性―「東高西低」の年齢構成

表2-1. 回答者の属性―地域別、年齢階層別
地域 回答者数 回答者数% 30歳代以下 40歳代 50歳以上
北海道東北 70 5.6 18.6 42.9 38.6
関東甲信越 363 28.9 13.1 30.7 56.3
中部北陸 27 2.1 7.4 29.6 63.0
近畿 120 9.5 21.4 43.6 35.0
中国四国 110 8.8 27.3 57.3 15.5
九州沖縄 521 41.4 31.1 46.8 22.1
合計 1257 100.0 23.2 42.1 34.7

表2-1は、回答者の地域別、年齢別属性を示している。回答者数を地域別に見ると、「九州沖縄」(実際はほとんどが九州7県のグリーンコープの組合員)が4割、関東甲信越(ほとんどが生活クラブとパル・システム)が3割と、この2地域で全体の7割を占めている。

年齢構成を見ると、全体では30歳代以下が2割強、40歳代が4割強、50歳代以上が3割半と、40歳代を中心にしてやや中高年層が多い分布となっているが、地域別に差異が見られる。西日本でやや30歳代以下が多いのに対して、東日本ではやや中高年が多い傾向がみられる。比較的近年組合員が増加した西日本のグリーンコープと、発足が早く、組合員歴の長い人の多い生活クラブやパル・システムの違いが反映されていると思われる。以下、年齢階層別や地域別のクロス集計を示すが、この、西日本と東日本の年齢構成の差が、地域差にも反映されている部分のあることを考慮しつつ解釈する必要がある。

13. 身近な化学物質に対する不安は大きい

表2-2. 不安を感じる身近な化学物質(%)
不安を感じる化学物質 合計 30歳代以下 40歳代 50歳以上
農薬に使用されている化学物質 94.6 94.2 95.4 94.0
家庭用品に含まれている化学物質 88.8 85.4 89.4 90.5
工場や廃棄物焼却施設などからの化学物質 84.8 82.7 83.8 87.4
自動車排ガスに含まれている化学物質 72.3 69.8 72.0 74.5
不安は感じない 1.1 0.7 1.5 1.0
その他 8.9 5.1 7.9 12.9

表2-2は、身近な化学物質の中で、何に不安を感じているかについて複数回答で尋ねた結果である。「農薬」(94.6%)、「家庭製品に含まれる化学物質」(88.8%)、「工場や廃棄物焼却施設などからの化学物質」(84.8%)、「自動車排ガスに含まれている化学物質」(72.3%)など、大半の人々が化学物質の不安を日々抱えながら生活していることがわかる。「その他」(8.9%)の具体例としては、「合成洗剤や柔軟剤」、「建材」、「PM2.5」、「受動喫煙」、「食品添加物」、「大気汚染」、「放射能」などが記載されていた。全体として、50歳代以上の回答者に「不安」が若干高く出ているが、有意差が認められるほどではない。

14. 認知度の低いSAICMの目標、GHS(有害性統一マーク表示)の内容

図2-1.  SAICMの目標知っているか(%)

図2-1. SAICMの目標知っているか(%)

図2-1は、SAICMの目標を知っているかを尋ねた結果である。質問文としては、「2006年にUNEP(国連環境計画)と国際化学物質管理会議(ICCM)は、『国際的な化学物質管理の戦略的アプローチ(SAICM:サイカム)』を決定しましたが、あなたは、SAICMの『化学物質管理に関する2020年目標』(『「2020年までに化学物質のリスクを最小化する』)をご存知でしたか」と問うている。「大体知っている」、「少しは知っている」を合わせても3.0%であり、「知らなかった」が86.7%に上る。温暖化対策の「京都議定書」や「パリ協定」に比べると比較にならないほど認知度は低い。認知度に世代差もあり、30歳代と50歳代以上では、「知らなかった」に15ポイント近い差が見られる。

図2-2. GHS(有害性の世界統一マーク表示システム)
(環境省パンフレットより)
図2-2. GHS(有害性の世界統一マーク表示システム)

次に、図2-2に例示したようなGHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)、すなわち、化学物質の有害性や危険性についての国際的な統一表示マークについての認知度を聞いた。GHSマークは、2003年に国連が使用を勧告して以来、すでに労働安全衛生法に基づき事業所などで使用する化学品については表示が義務付けられ、家庭で使用される製品についても、化学物質管理法の表示の努力義務などにより、表示されている場合があるので、SAICMに比べれば認知度もそこそこあり、半数近くの回答者はすでにどこかで目にしている。

図2-3. GHS、有害性共通マーク表示制度知っているか(%)

図2-3には、GHS、有害性の共通マーク表示について知っているかを聞いた結果である。全体で、まだ6割弱の回答者は「知らなかった」答えているが、4割強の人々は、どこかで目にしているようである。

やはり、中高年層の回答者には認知が相対的に高く、半数がどこかで聞いたことがあったり、知識を持ったりしている。30代以下は、3分の2の回答者が「知らなかった」と回答している。

表2-3.  GHS(有害性共通マーク)がついた製品をどこで使用したり見たりしたか(複数回答)(%)
販売しているのを見たことがある (スプレー、殺虫スプレー、カビキラー等) 25.6
家庭内で使用した (カビとり、洗浄スプレー、ガスボンベ等) 19.6
職場や学校などで見たことがある (医薬品、化学物質保管場所等) 17.7
家庭内で見たことがある 11.7
購入したことがある (5-56、カビキラー、ボンベ等) 9.2
職場や学校などで使用した 5.7
その他の場所で見たことがある (テレビで、トラックの表示など) 364

表2-3には、GHS(有害性共通マーク)がついた製品をどこで使用したり見たりしたかを聞いた結果を示している。4人に1人は「販売しているのを見たことがある」と回答している。筆者は、日常ここに挙げられたような化学製品売り場で売られている製品を購入する機会があまりないので、不覚にも気づかなかったのであるが、業界の自主基準で消費者製品にもGHS共通マークは選択的に貼付されているようである。日本石鹸洗剤工業会のサイト(最終確認日、2019.3.13)によれば、漂白剤などで、「皮膚腐食性、眼の重篤な損傷性」を示すマークなどが2011年より貼付されているようである。(ただ、合成洗剤で常に問題視されている「水生環境有害性」を示すマークは、いまだに「検討中」で貼付されていない。)

これらの製品を、「家庭内で使用した」(19.6%)や、「家庭内で見たことがある」(11.7%)という回答もみられる。職場や学校でも、見たり使用したことがあるという回答も1-2割ある。

15. 家庭の中に有害化学物質含有製品、72.9%は「ある」

図表にはないが、「家庭の中で使用している製品の中に、有害物質を含んでいると思うものはあるか」という質問に対して、72.9%は「ある」と回答している。具体的な製品名としては、5-56(潤滑剤)、アースジェット、カビ取り剤、ボタン電池、防水スプレー、漂白剤などがあげられていた。さらに、それらの中で「廃棄するときに注意している製品はあるか」と聞いた質問に対しては、56.8%が「ある」と回答している。

表2-4.  分別収集している有害化学物質含有製品の地域差(%)
体温計 農薬 塗料
北海道東北 40.0 15.4 21.5
関東甲信越 57.4 13.1 12.6
中部北陸 64.0 28.0 32.0
近畿 39.2 8.8 5.9
中国四国 56.6 12.3 10.4
九州沖縄 44.0 18.8 15.0
合計 49.3 15.5 13.7

さまざまな有害化学物質含有製品について、「地元自治体の家庭ごみ回収で分別収集しているか」を聞いたところ、電池(94.1%)、蛍光灯(83.1%)、体温計(49.2%)、血圧計(19.0%)、農薬(15.5%)、塗料(13.8%)、有害物質(12.4%)、その他(3.6%)となった。表2-4に示したように、これを主なものについて地域別に見ると、多少のばらつきがみられる。体温計については、全国でみれば49.3%の自治体で分別収集されているが、関東甲信越や中四国ではやや高く、近畿や北海道東北では低くなっている。近畿で低い値が見られる傾向は、農薬や塗料でも見られ、2015年にTウォッチが実施した「家庭内の有害化学物質含有製品調査」においても同様の傾向が見られた。

16. 「家庭内の化学物質を含む製品の毒性表示は適切か」―「不適切」が2/3

表2-5. 化学物質を含む製品などの毒性表示は適切か(%)
大体適切に表示されていると思う 2.8
十分とは言えないが、一応表示されていると思う 31.5
表示は、なかったりわかりにくかったりと不適切な場合が多いと思う 65.6
表2-6. 異なった制度や法律で同じ化学物質が別の表示がされることを知っていたか(%)
法により同じ化学物質でも異なった表示認知 合 計
大体知っている 多少は知っている 聞いたことはある 知らなかった
30歳代以下 3.4 17.1 24.2 55.3 100.0
40歳代 8.1 19.1 22.6 50.1 100.0
50歳以上 9.1 23.4 22.7 44.9 100.0
合  計 7.3 20.1 23.0 49.6 100.0

表2-5には、「家庭内の化学物質を含む製品の毒性表示は適切か」を尋ねた結果を示している。「表示は、なかったりわかりにくかったりと不適切な場合が多いと思う」が65.6%と、全体の3分の2の人が表示は不適切であるとしており、「不十分」の31.5%を含めれば、ほとんどの人が化学製品の表示には満足していない現状がうかがえる。年齢差や地域差はほとんど見られない。不適切、不十分と感じる人が多い理由の1つが、次の法律による表示法の非一貫性のあると考えられる。

表2-6には、「家庭用品品質表示法」、「薬機法」(旧「薬事法」)、「毒物劇物取締法」、「化学物質管理(PRTR)法」などによって、化学物質の表示の仕方や物質名が大きく異なることを知っていたかを聞いた結果である。「知らなかった」と答えた人が49.6%おり、若い世代では知らない人がより多く見られる。例えば、PRTR法では、「ポリオキシエチレンアルキルエーテル(AE)」という化学名で表記される合成洗剤が、「家庭用品品質表示法」では「高級アルコール系」とか「天然ヤシ油脂肪酸」というように表記される事例である。おそらく、生協の組合員歴が長い中高年層は、学習会などを通じてこうした事情を知る機会がより多い結果かもしれない。

表2-7. 今後のあるべき家庭用品の成分表示(複数回答)(%)
1. 表示方法を統一すべきだ 66.50
2. 市民が理解できるような表示にすべきだ。 88.10
3. インターネット等で内容や毒性等を調べられるようにすべきだ。 44.90
4. ○○剤などでなく、具体的な成分を表示すべきだ 52.00
5. 表示を義務づける製品や化学物質を広げるべきだ 57.10
6. すべての製品について、メーカーに成分の情報公開を義務づけるべきだ 64.70
7. 苦情や相談窓口を設けるべきだ 32.80
8. その他(具体的に
「使用者側に立って製品の危険性を正直に表示してください」、
「規制を強めて欲しい」、
「客観的にわかりやすい説明を」)
4.60

表2-7には、今後の家庭用品の成分表示はどうあるべきかについて尋ねた結果を示した。それによれば、「市民が理解できるような表示」(88.1%)、「表示方法の統一」(66.5%)、「メーカーに成分の情報公開を義務づける」(64.7%)などが上位を占めている。自由記入欄には、利益を優先させ、明確な成分表示を控えようとする企業に対する不信感が強いことが表れている。

17. 改善された(変わらない)環境問題(「自動車排ガス」など)と悪化した環境問題(「香害」など)

図2-4. 「自動車排ガス」の評価・年齢別 (P<.001)

次に、これまで問題となってきたいくつかの環境問題について、以前(2000年前後ぐらい)と現在とを比較して改善されたか、それとも悪化したかを尋ねた。図2-4は、その中でも、「良くなった」の回答が多かったものの1つである「自動車排ガス」の年齢別のグラフである。おそらくは、2000年前後のディーゼル排ガスの規制強化等の効果もあり、全体として「多少はよくなった」が半数を占め、6割が改善傾向を指摘している。それよりはるか以前の、自動車公害がより深刻であった時代を記憶しているためか、中高年世代の方が、改善を実感している人が多い。

表2-8.  改善された(変わらない)環境問題(%)
工場の大気汚染 シックハウス ダイオキシン・環境ホルモン アスベスト 水銀
良くなった 5.8 3.3 1.3 5.9 8.3
多少はよくなった 41.6 36.1 22.2 49.1 42.0
変わらない 40.2 36.2 42.5 34.8 40.8
やや悪化した 5.8 12.4 14.9 4.9 2.7
悪化した 4.5 10.3 17.6 3.8 3.3

表2-8に示したのは、「自動車排ガス」ほどではないが、幾分改善傾向を評価する回答の多い項目である、「工場の大気汚染」、「シックハウス」、「ダイオキシン・環境ホルモン」、「アスベスト」、「水銀」の数字である。全体として、「変わらない」が3~4割、「多少は良くなった」が2~4割となっている。後述する「化学物質過敏症」は、むしろ「悪化している」の評価が多いが、化学物質過敏症の中でも、建材のホルムアルデヒドなどに由来する「シックハウス」は、2003年に規制されて以後、下火になりつつある。

「ダイオキシン・環境ホルモン」については、「変わらない」が一番多いが、「悪化した」(17.6%)、「やや悪化した」(14.9%)が「(多少)良くなった」を上回っており、決して「改善された」と評価されているわけではない。世間的には関心が薄れつつある問題であるかもしれないが、生協の組合員である回答者諸氏には、今も注視している問題といえよう。

それに比べると、「アスベスト」、「水銀」は、明らかに「多少は良くなった」という評価が多く、回答者の間にも水俣病や「クボタ・ショック」が過ぎ、「すでに過去の問題」視されている感がある。しかしながら、余剰水銀の輸出を規制した「水俣条約」(2013年)以降も途上国における小規模金採掘で使用される水銀は継続しており、また、アスベスト由来の肺がん、中皮腫に罹患する人は現在も増加しつつある。これらを過去の問題としてしまわないように、啓発していく活動も必要であろう。

表2-9.  悪化した環境問題(%)
「香害」 化学物質過敏症 プラスチック問題 PM2.5 農薬
良くなった 0.4 0.3 0.5 1.1 0.7
多少はよくなった 2.7 6.8 7.9 7.2 11.2
変わらない 10.7 24.5 20.1 26.3 41.9
やや悪化した 14.7 27.6 16.8 23.6 16.6
悪化した 70.4 39.4 53.9 40.2 28.4

表2-9は、逆に「悪化した」と評価されている環境問題である。最も顕著なのは、いわゆる「香害」であり、明確に「悪化した」と回答していることが7割に上る。「やや悪化した」と合わせれば、85.1%が深刻化したと評価している。それに次ぐのが、53.9%が「悪化した」と回答している「プラスチック問題」である。これは、最近急速に注目を集めている「マイクロ・プラスチック」による海洋汚染や魚介類の汚染、生体濃縮などが反映していると思われる。

「化学物質過敏症」も、「悪化した」、「やや悪化した」合わせて67.0%が「悪化」と評価している項目である。2000年代には日本では人口の0.7%程度の患者数だと言われていたが、昨今7%程度だともいわれているほど、患者数が激増している事態を反映していると思われる。表にはしていないが、地域別にみると、東北北海道で「悪化した」(53.6%)が顕著に多くみられる。東日本大震災以後の、津波による塵埃や化学物質の汚染、家屋の解体、復興工事などによる大気汚染なども影響していることが考えられる。

「PM2.5」は、やはり「悪化した」、「やや悪化した」合わせて63.8%が「悪化」と評価している項目である。図2-5に示したように、地域別にみると、近畿以西の地域で「悪化した」が50%前後で、全国平均より10ポイントほど高くなっている。大陸から飛来するPM2.5が日常的にニュースになっていることが影響していると思われる。

「農薬」は、これらの中では比較的「変わらない」(41.9%)が多いが、明確に「悪化した」と評価する人も28.4%と多い。使用量が増加しているネオニコチノイド系農薬の問題化や、それが禁止されつつあるヨーロッパ連合など世界の動きとは正反対に、日本政府がその農作物への残留基準を欧米より1桁ないし2桁も甘く緩和していることなどが懸念の背景にあると思われる。

図2-5. 西日本で「悪化」感強いPM2.5(%)

18. 若年層、西日本で認知度が低いPRTR(汚染物質排出移動登録)制度

図2-6. PRTR制度を知っているか・年齢別(%)

図2-7. PRTR制度を知っているか・地域別(%)

図2-6、図2-7は、PRTR(汚染物質排出移動登録)制度について知っているかを尋ねた、年齢別、地域別の結果である。全体を見れば、「知らなかった」が57.4%で、過半数を占めているが、SAICMについてよりは身近な制度のようで、半分弱の人は何らかの程度で認知している。これまでも見られたように、年齢別には環境問題や制度について比較的知っている中高年層に相対的によく知られているが、30歳代以下では「知らなかった」が72.3%と多い。

地域別にみると、年齢構成もある程度反映されていると思うが、九州沖縄で「知らなかった」が68.6%と、最も高くなっている。しかし、年齢構成では同様の中四国や近畿では、比較的PRTR制度は知られているので、何らかの他の要因があるのかもしれない。

表2-10. PRTRデ-タを見たことがあるか(複数回答)(%)
1. 国(環境省など)のホームページで見たことがある 5.6
2. Tウォッチのホームページで見たことがある 2.9
3. エコケミストリー研究会のホームページで見たことがある 0.7
4. 自治体のホームページで見たことがある 2.0
5. 企業のホームページで見たことがある 2.1
6. その他のホームページで見たことがある 0.7
7. 環境省の「市民ガイドブック」で見たことがある 10.0
8. 自治体作成のチラシ、パンフレット等で見たことがある 4.3
9. まだ見たことがない 80.3

表2-10は、PRTR制度で公開されている排出デ-タ等を見たことがあるかを聞いた結果である。「見たことがない」が80.3%であったのは、制度が十分知られていない、ないし活用されていないということであるが、逆から見れば、2割の人が排出データを何らかの形でみているということでもある。割合からいえば十分とはいえないが、最初の公開から10数年を経て、まがりなりにも活用がされ始めているとも読める。

具体的には、環境省が刊行している『PRTR市民ガイドブック』を見た人が10.0%で比較的多く、続いて「環境省などのホームページで」が5.6%、「自治体作成のチラシ、パンフレット等で見た」が4.3%、手前味噌ながら、「Tウォッチのホームページで見た」が2.9%などとなっている(複数回答)。『PRTR市民ガイドブック』などは、生協の学習会などで利用されているのかもしれないが、思っていたより広く活用されていると言えなくもない。

表2-11. 15年間で化学物質の環境中への排出・移動量はどの程度増減したと思うか(%)
1. 3割程度増えた 1.3
2. 1割程度増えた。 12.2
3. ほとんど変わらない 47.8
4. 1割程度減った。 22.5
5. 3割程度減った。 6.2

(実際のテータとしては、約3割減少しています。)

表2-11は、PRTR制度が施行され、化学物質の排出・移動データが公表されるようになったこの15年間で、排出・移動量はどの程度増減したと思うかを聞いた結果である。「ほとんど変わらない」が47.8%で最も多かったが、実際には、PRTRデータの公開以降、排出・移動量は約3割の減少(排出だけを見れば半減)を達成している。PRTR制度の存在理由とともに、それを普及啓発しているわれわれのような環境NPOも含めて、市民に対する啓発の不足を痛感する数字である。

図2-8. PRTRの家庭からの排出量の推計データを知っていたか(%)

PRTR制度においては、届け出を義務づけられた45業種、従業員数21人以上の事業所以外(小規模事業所、農業、交通機関、家庭など)から排出される化学物質については、販売データなどから推計されて公表されることになっている。図2-8には、そのような家庭からの「推計排出データ」の存在を知っているか聞いた結果であるが、全体で78.1%は「知らなかった」と回答している。30歳代以下では、90.1%が「知らなかった」と回答している。

家庭から排出されるPRTRに指定された有害化学物質の主な内容は、合成洗剤がおよそ6割、殺虫(防虫)剤が2割となっている。「有害化学物質のリスクを最小化する」というSAICMの目標に照らせば、消費者に対し、大いに啓発すべき内容なのであるが、残念ながら、実際の認知度は2割程度にとどまっている。

表2-12.  家庭からの排出の多い物質はどれだと思うか(%)
1. 合成洗剤 87.9
2. 柔軟剤 4.6
3. 防虫剤、殺虫剤 5.2
4. たばこ 0.3
5. 塗料、シンナー 0.2
6. 接着剤(建材などに含まれる) 0.5
7. 消臭剤 0.8
8. その他(具体的に) 0.5

(実際のテータとしては、合成洗剤が約6割、防虫剤が約2割で全体の8割を占めています。)

表2-12には、「家庭からの排出の多い物質は、以下のどれだと思うか」を聞いた結果を示している。家庭からの推計排出データの存在はあまり知られていなかったが、この問いへは、9割近い人が正確に「合成洗剤」と回答していた。

19. 若年層に知られていない「リスク・コミュニケーション」

図2-9. 「リスク・コミュニケーション」を知っているか(%)

図2-9は、「『リスク・コミュニケーション』を知っているか」という問いに対する回答である。何らかの程度で知っているのは、4分の1程度で、73.5%は「知らなかった」と回答している。ここでも「知らなかった」の回答は若年層で10ポイントほど高くなる傾向にある。

表2-13. 企業や自治体が開催するリスク・コミュニケーションに参加したことがあるか
1. 参加したことが何度かある 0.9
2. 参加したことが少しはある 1.4
3. 知ってはいたが参加したことはない 8.6
4. そういう催しがあること自体を知らなかった 89.1

「リスク・コミュニケーション」そのものが知られていないので当然であるが、企業や自治体が開催する、リスク・コミュニケーションへの参加経験を持つ人はさらに少なく、2.3%にとどまっている。9割近くの人に、その存在自体が知られていなかった。

20. 「有害化学物質の排出や事故のリスクなどの点で気になる工場がある」が半数近く

図2-10. 地元に有害化学物質の排出や事故のリスクなどの点で気になる工場、事業所があるか(%)

図2-10は、「地元の地域で有害化学物質の排出や事故のリスクなどの点で、気になる工場、事業所等はあるか」を聞いた結果である。全体として、「ある(かなり+多少は)」という回答は、4割ある。一般的には産業公害はかなり改善され、高度経済成長期のような深刻な大気汚染は目立たなくなってはいるが、潜在的には、東日本大震災や集中豪雨のような災害などがあれば、有害化学物質の流出、飛散、火災などのリスクに対して、懸念を持っている人は多い(次の設問で解説)。

地域別にみると、中国四国地方が目立って「気になる工場」が多いという結果が出ている。おそらくは、瀬戸内海沿岸などの工業地帯が影響していると思われるが、他地域にもそうした工業地帯は存在しているので、はっきりした理由はわからない。

表2-14には、「気になる工場等」の具体的な内容が示されている。それによれば、「廃棄物処理施設」、「化学工場」、「コインランドリー」、「ガソリンスタンド」、「自動車、機械などの製造業」、「発電所・変電設備」などが、2割から3割代で指摘されている。かつての産業公害源であった化学工場や製造業に加えて、1990年代にダイオキシンの精製、排出で問題となった廃棄物処理(焼却)場、原発や石炭火力発電所などの発電所、市街地に多く、引火性の燃料を大量に備蓄しているのみならず、ベンゼン等の揮発性化学物質の日常的な漏出もあるガソリンスタンドなどに対する懸念は理解できる。それに加えて、最近患者が増大している化学物質過敏症の発症にも関連していると思われるコインランドリーも、生活空間に近く日常的な洗剤臭等により、懸念される施設としてあげられている。中四国では、「化学工場」をあげる人が47.4%と多くなっている。

表2-14.  「気になる工場等」とはどのような工場や施設か(複数回答)(%)
1. 化学工場 31.0
2. 自動車、機械などの製造業 20.8
3. 石油コンビナート 6.6
4. 廃棄物処理施設 34.9
5. ガソリンスタンド 26.3
6. 大学・研究所 5.6
7. 発電所・変電設備 19.3
8. コインランドリー 29.9
9. その他(具体的に
看板業、クリーニング店、農地 )
16.1
10. 気になる工場等は周辺地域にはない 10.8

図2-11. 事故時に有害化学物質の飛散や流出の恐れを感じる事業所は近くにあるか(%)

図2-11は、火災や爆発などの事故時に、周辺地域に有害化学物質の飛散や流出の恐れを感じる工場、事業所があるかを聞いた結果である。やはり前問同様、半数近くの人が、近所に事故や災害時に懸念される工場、事業所があると回答している。やはりここでも、中四国が若干高くなっているが、特徴的な結果は、東北北海道で6割を超える人がその恐れを感じていることである。いうまでもなく、2011年の東日本大震災と津波災害、原発事故が大きな影を落としていると思われる。北海道についても、2018年9月の大地震による苫東発電所の停止と全道にわたるブラックアウトの記憶が強く働いたものと思われる。

表2-15には、自分の周辺に限らず、日本全国各地の工場、事業所をみて、事故時に有害化学物質の飛散や流出の恐れを感じるかを聞いた結果を示している。73.5%が「大いに感じる」と回答しており、「多少は感じる」を含めれば、ほとんどの人が全国のさまざまな工場、事業所に恐れを感じている実態が浮かび上がった。その意味でも、Tウオッチが提唱してきたように、PRTRデータの中に、備蓄量や取扱量を含めることや、災害対策や危機管理政策の中に、有害化学物質問題をきちんと位置づけることが必要である。

表2-15. 日本全体の事業所で、事故時に有害化学物質の飛散や流出の恐れを感じるか(%)
1. 大いに感じる 73.5
2. 多少は感じる 23.3
3. あまり感じない 3.5
4. ほとんど感じない 1.6

21. 自治体や企業の事故時、災害時の対応計画に不信感も

表2-16. 地元自治体は、事故時、災害時の対応計画を作成しているか(%)
1. 十分していると思う 1.5
2. ある程度はしていると思う 34.2
3. していると思うが不十分である 22.4
4. しているとは思うが内容はわからない 32.3
5. しているとは思わない 9.7
表2-17. 企業や工場は、事故時、災害時の対応計画を作成しているか(%)
1. 十分していると思う 1.1
2. ある程度はしていると思う 30.6
3. していると思うが不十分である 25.1
4. しているとは思うが内容はわからない 35.1
5. しているとは思わない 8.1

表2-16、2-17は、地元自治体あるいは企業や工場は、事故時、災害時の対応計画を作成しているかを聞いた結果を示している。どちらも、「ある程度はしていると思う」が3割代あるが、5割台後半から6割程度の人が「していると思うが不十分」ないし「内容はわからない」と回答しており、信頼しているとはいえない結果が示されている。不信感に近い結果が出ている理由は、例えば自治体であれば、職務上何らかの対策はしているものの、大震災や豪雨災害など見られるように、何百年、何千年に1回という大災害に対しては、これまでどこでもさまざまな「想定外」と弁解されるような対策の不備が露呈していることなどが影響しているものと考えられる。東北地方の太平洋岸を襲った大津波は、いくつかの工場群も飲み込んで、破壊したり火災を起こしたりしたが、京浜・京葉工業地帯、阪神工業地帯のような高度に集積された巨大工業地帯を東南海トラフに引き起こされる巨大津波が襲う経験を、われわれはまだ歴史的にしていない。回答者の多くが、今後現実化するであろう新たな「想定外」を危惧しているものと思われる。また、自治体の災害対策は、当然多岐にわたっており、有害化学物質対策という特殊な災害対応に割ける政策的余力がどれだけあるかといった懸念があろう。

企業についても、東日本大震災後、BPC(Business Continuity Planning: 事業継続計画)についての大きな検討課題となってきたが、その一義的な目的は、経営の継続であり、必ずしも環境リスクの削減が最重要課題ではない。その意味で、SAICMの2020年目標である「有害化学物質リスクの最小化」を、世論を背景とした政策課題として企業にも最重要課題の1つとして求めていくことが必要となろう。

表2-18. 化学物質のリスクについて市民にどのように知らせていくべきか(%)
1. 学校教育に取り入れる 80.4
2. 自治体等が説明会を開催する 45.7
3. パンフレット等を各家庭に配布する 64.9
4. 相談窓口を設ける 34.8
5. インターネット等で内容や毒性等を調べられるようにすべきだ 55.4
6. その他(具体的に
「製品自体に大きく表示する、タバコの箱のように」
「消費者、住民がもっと関心を持つ」
「身近には洗剤、柔軟剤のリスクを知らないで使用している方が多すぎる」など)
4.1

表2-18には、「化学物質のリスクについて市民にどのように知らせていくべきか」について聞いた結果を示してある。「学校教育に取り入れる」、「パンフレット等を各家庭に配布」、「インターネット等で内容や毒性等を調べられるようにすべき」などが比較的多い回答であった。地域差はほとんどなく、年齢差が見られたものは、50歳代以上で「インターネット等で内容や毒性等を調べられるようにすべき」(59.3%)、「相談窓口を設ける」(42.6%)などが有意に高かった。やはり全体的に中高年層により危機感が強いことが反映されているようである。

22. まとめと提言ー有害化学物質のリスク削減のために

この調査で明らかになった点を箇条書きで要約すると、以下のようになる。

  • 身近な化学物質に対する不安感は強く、農薬、家庭用品に含有されている化学物質、工場や廃棄物焼却場、自動車排ガスなどからの化学物質に対して、多くの人が懸念を示している。
  • SAICMの「化学物質管理に関する2020年目標」(「2020年までに化学物質のリスクを最小化する」という目標)は全体としてほとんど知られていない。しかし、中高年には知っている人が相対的に多い。
  • GHS(有害性の世界共通マーク表示制度)は、半数弱の人が何らかの程度で認知している。職場や学校で使用されている化学製品、消費者製品としての化学製品などで目にする機会がかなりある。
  • 電池、蛍光灯、体温計などの有害化学物質を含む製品が7割以上の家庭に存在する。自治体の分別収集もかなりされているが、地域差もある。
  • 合成洗剤や殺虫剤など、家庭内の化学物質を含む製品の毒性表示は、3人に2人は不適切だと考えている。
  • 制度や法律が異なると、同じ化学物質(たとえば、洗剤、殺虫剤、化粧品など)でも異なった表示がされることを「知らなかった」人が半数いる。家庭用品の成分表示について、消費者に分かりやすく、成分名や毒性まできちんと、すべての製品について表示すべきだという意見が多い。
  • 2000年前後ぐらいから悪化している環境問題としては、「香害」、プラスチック問題、PM2.5、化学物質過敏症、(ネオニコチノイド系などの)農薬などが多くあげられていた。
  • 全体に、これらの取り組みをするにあたり、人員、予算、情報の不足がネックとなっている。
  • PRTR制度の認知度は、4割程度であった。排出データについては、8割の人がまだ見たことがなく、施行以来の排出・移動量の減少や、家庭内の有害化学物質排出の推計データがあることについても、知っている人は2割にとどまった。
  • 工場や事業所から、災害時や事故時に、有害化学物質が飛散したり流出したりすることへの恐れを感じる人は多いが、「リスク・コミュニケーション」について知っている人は、4人に1人程度である。
  • 自治体や企業の化学物質についての災害対策は何らかの形でされていると思われているが、十分かどうかについては不信感を示す人も半数程度いた。
  • その他、「自由回答」には、たくさんの声が寄せられた。一部を掲載すると以下のようである。
    『香害』柔軟剤の臭いが問題になっています。大手メーカーのCMを禁止できれば良いと思います。化学物質過敏症の人にはあの臭いは耐えがたい苦しみです。」
    「市民が行政に石ケン利用を呼びかけても、行政の人が合成洗剤との違いがわからないPRTR指定成分であるのに、それが理解されていない。」
    「このアンケートにより知識がふえました、有難ございました。これから、化学物質に強い関心を持ちたいです。」
    「日本の化学物質の規制のゆるさをもっと周知させる事が必要!市民運動の大切さを実感。」
    「化学物質に対する危機意識が日本人には少なすぎると思う。」
    「化学物質のリスクを減らす家庭用品に関する情報を得やすい状況をつくりだしてほしい。」
    「化学物質過敏症が増加しているらしいので、非常に不安に感じている。」

「問題として提起すべき点をまとめると、以下のようである。

まず第1に、「香害」、化学物質過敏症、マイクロ・プラスチック、PM2.5、化学物質過敏症、ネオニコチノイド農薬などに対する市民の懸念が増大していることからもわかるように、今日いくつかの有害化学物質リスクは確実に増大していることである。産業公害や自動車排ガスのように改善されたものもあるが、「香害」のように、多くの市民が確実にその被害の拡大を実感しながらも、一向に何ら有効な手立てが講じられない問題が多い。

「近年、原発事故後の放射能汚染問題、地球温暖化に起因すると思われる豪雨災害や大型台風の被害、現在進行中の新型コロナウイルスの世界規模の感染など、いわば急性の喫緊の課題の陰に隠れて、20年、30年後に被害が顕在化する環境ホルモンのような慢性的な有害化学物質のリスクについて、相対的に社会的関心は低下しているかもしれない。環境ホルモン問題は、日本では2000年前後にごみ焼却場のダイオキシン問題などを契機に、大きく取り上げられたが、現在では「過去の問題」扱いされる場合が多い。しかし欧州連合などでは、現在でもPOPs(難分解性有機汚染物質)問題などの中で大きく取り上げられている。日本においても、化学物質過敏症や発達障害の増加などの問題が注目を集める中で、再度こうした慢性的、長期的毒性を持つ有害化学物質に注意を喚起していく必要がある。

「第2に、それとも密接に関連するが、製品中にどんな有害が含まれているのか、それらの物質にはどのような有害性があるのかといった、消費者が最も知りたい点について、人工香料のように法の不備もあり情報がきわめて不足していたり、表示が錯綜してわかりにくいことが問題である。その理由として、有害化学物質の表示や規制が、労度安全衛生法、農薬取締法、家庭用品規制法、PRTR法、化審法、毒物劇物取締法など、個別の規制対象に細分化された個々の規制法によって行われ、全体を総括する「化学物質基本法」的な包括的規制法を欠いていることがある。欧州連合の「REACH規制」やGHS「有害性共通マーク」のような、予防原則に基づいた包括的な有害化学物質規制体系や、広く消費者製品全般への表示義務づけが必要である。また、市民セクターにおいては、「PRTR情報」の活用などにより、市民のリスク・リテラシーを底上げすることが重要な課題である。

「第3に、東日本大震災や豪雨災害を機に、防災、減災を地元の工場などでの有害化学物質の現状把握の必要性や削減が認識されるようになってきた。SAICMの「2020年目標」も、こうした趨勢を大きな動機づけにして実現させていく必要性があろう。自治体も縦割りの官僚機構であり、防災と化学物質管理は通常別の部局の担当となる。有害化学物質のリスクを頻発する自然災害と関連させて低減していくためには、この縦割り構造を超えて連携していくことが肝要になろう。

「第4に、この意識調査全体を通じて、とりわけ自由回答などを見ていくと、「有害性を表示してほしい」、「有害なものは規制してほしい」といった表現によく行きあたる。むろんこれらは極めて正当な要求ではあるのだが、今日われわれの健康や環境を脅かしている化学物質は、重金属や亜硫酸ガスのような有害性がだれの目にも一目瞭然の化学物質はむしろ少なく、慢性的長期的で「灰色」の有害化学物質リスクのウエイトが高まっている。それらは、何千何万と数も多く、有害性も「灰色」のものが多いゆえに、法的な使用禁止措置や規制を直ちにとることがむずかしい。したがって、欧州連合で先進的に進められてきた「予防原則」、「代替原則」等を市民、自治体や行政、企業の共通認識とするよう世論を高め、全体として化学物質リスクを削減していくことが必要になる。こうした新しい有害化学物質に関するリスク観を啓発し、包括的な化学物質リスクの削減を追求していくことが、今後の課題であろう。

< 資 料 編 >
SAICM(国際化学物質管理への戦略的アプローチ)国内実施計画についてのアンケート調査(自治体類型別集計)
2017年9月
NPO法人有害化学物質削減ネットワーク(Tウォッチ)