2010年度分PRTR公表データについて

Tウォッチ理事長 中地重晴

はじめに

さる3 月13 日に2010 年度のP R T R(有害物質排出・移動登録)集計データが公表されました。東日本大震災の影響で、例年より約1 か月遅れての公表です。津波で被災した工場から有害化学物質が排出されているのではと考えていたのですが、廃業等で、届出していない事業者が多く、被災地域は逆に排出量が減少するというこちらの予想が全く外れた感じを受けました。個別の企業について、今年度の活動テーマとして、精査する必要を感じています。

10 年分のPRTRデータをみて

届出対象物質の排出移動量の経年変化を図1 に示します。2001 年の制度開始時からは3 割程度減少していることが分かります。特に、2008 年、2009 年の排出移動量が大幅に減少していることが分かります。これは、2008 年秋のリーマンショックによる不況で、生産活動が大幅に減少したためで、生産量の減少にほぼリンクして排出移動量10 年は増加しましたが、これは2010 年度から届出対象物質の見直しが行われ、54 物質から462物質に増加したため、合計量としては増加したためです。

継続して対象物質であるものの合計は横ばいで、景気の変動とほぼリンクしていると考えられます。

また、届出対象外物質の排出量の経年変化を図2 に示します。こちらも減少傾向が見られますが、景気の変動には左右されていないようです。2010年度は対象物質の見直しで、増加しました。2002年から2003年の間に、大幅に減少していますが、これは届出対象事業者の規模の猶予期間が無くなり、対象事業者の規模が変わったために、推計値が大幅に減少したためです。推計方法の妥当性を検証する必要があると以前から主張していますが、国はそのまま放置しています。

2010 年集計データの特徴

2010 年度のPRTR集計公表データは、PRTR届出対象物質の見直しがありましたが、54 物質から462 物質に108 物質増えたり、医療業が届出対象業種に追加指定されましたが、増加量は5%程度でそれほど大きく増えたわけではありません。

また、昨年3 月11 日東日本大震災で、青森八戸から千葉県旭市までの364 工場が津波被害にあったと考えられますが、環境中への排出量が増加すると予想していたのですが、年度末に近かったことや被災を理由に届け出なかった事業者も多くあるようで、逆に被災地域では届出排出量が減少しています。

日本の現行制度では、保管量や使用量の届出義務がなく、大規模災害時の緊急避難などの防災計画に寄与することはできません。アメリカでは、住民の知る権利法に基づいてPRTR制度(アメリカではTRIと呼ぶ)が運用されているため、保管量や災害時の避難計画なども公表されています。東日本大震災をきっかけに、日本でも地域の防災計画に反映させられるような制度に変えていく必要があります。

図3 に、2010 年度の排出量上位10 物質を示しますが、ポリオキシエチレンエーテル(AE)が4 位、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその化合物(LAS)が7 位にランクインしています。

水生生物への影響の観点から届出対象物質になっていますが、家庭からの排出量が9 割以上を占め、排出削減が求められています。

また、対象物質の見直しに伴って追加されたn-ヘキサンが約1 万5 千トン排出されて、6 位を占めたのが、特徴的なことです。n-ヘキサンは抽出溶媒として利用されていますが、従来から使用されており、今まで把握されていなかった排出量が新たに分かりました。見直しによって、有害化学物質の把握が進んだといえます。

さらに、大気への届出排出量は約166000 トンですが、トルエン、ヘキサン、エチルベンゼン、塩化メチレン(ジクロロメタン)の次に、n-ヘキサンが5 番目に多いことが分かり、昨年より約1 万トン増加した大半を占めることが分かります。

自動車排ガスなど移動体からの届出外排出量の推計値は約7 万5 千トンで、届出事業者からの排出量の半分に相当する量が、自動車等から排出されていることが分かります。移動体からの排出量は、3 年続けて、約1 万トンずつ減少しており、燃費の良い自動車が増加したためかもしれません。

合成洗剤とPRTR

図4 に2010 年度の家庭からの排出量の推計値を示します。約58800 トンのPRTR対象物質が排出されたことが分かります。AE、ジクロロベンゼン(衣服用殺虫剤商品名パラゾール)、LASの順に排出されています。また、2010 年度から届出対象になったドデシル硫酸ナトリウムとポリオキシエチレンドデシルエーテル硫酸エステルナトリウムの二つの界面活性剤を合わせると、家庭からの排出量の61%が界面活性剤であることが分かります。

今まで、知らされてこなかったことですが、公共用水域への排出量が多いことが改めてわかります。また、AEやLASの出荷量も公表されており、制度が始まった頃はLASが10 万トン、AEが6 万トン出荷量されていたのですが、数年前に逆転し、今ではAEが12 万トン、LASが5万トンと、AEの出荷量が大幅に増加したことが分かります。

10 年前と比べて、AEとLASの合計量は1 万トン増加しています。AEのほうが皮膚への刺激も少なく、水生生物への毒性も小さいことから、LAS生産量が増加している理由のようです。

化管法では、有害化学物質の使用量の削減を目的としており、法の趣旨に則って、界面活性剤の使用量を削減していくべきで、そのための石けんの使用促進の根拠にしていくべきでしょう。
(2012年5月)